命綱はあなたを自由にするためにあります!



ブラッド・ウィルコックス兄弟※ のモーニングサイド

火曜日の朝,ブラッド・ウィルコックス兄弟が神戸セッションを訪れた。「Are you 元気?!」ウィルコックス兄弟は非常にエネルギッシュな口調で青少年に呼びかける。


ウィルコックス兄弟は何年も前にニュージーランドへ学生を連れてゼミ旅行に行ったときの経験を話す。当時16歳の息子も連れて行った。彼はウィルコックス兄弟に,ニュージーランドへ行くなら本場のバンジージャンプをぜひ経験したい,と頼む。バンジージャンプ用の塔があって,柔らかいマットレスなどの安全装置が完備されているのだろうとイメージしたウィルコックス兄弟はしぶしぶ許可した。ところが現地にはそんなものはなく,人は飛行中のヘリコプターや高い橋の上,崖がけの上からジャンプするのだという。「安全装置なんてないんです! 飛び降りるその下には,ただ墓石しかないんですよ!(笑)息子に許可したなんて,何てことをしたんだ!と思いました。」


─スタッフは息子に,バンジーコード(命綱)につながるハーネスを装着し,外れないようぎりぎりと締め上げる。息子はあえぎながら言った。「息ができない!きつすぎる!」

─「この安全装置が『きつすぎる』という人はなんて愚かな人でしょう。『自由になりたい,きつ過ぎる。』でもその自由はすぐに終わってしまい,痛い目に遭うんです。息子がハーネスと命綱をちゃんと身に着けたので,彼は実際にだれよりも自由だったわけです。つまり飛べるんですね。でも『きつい』と言ってハーネスをゆるめた人は皆, 落ちてしまうんです。皆さんの友達は言うでしょう。『あなたはモルモンだからルールがありすぎだよ。標準や戒めなんてきつすぎて自由じゃないだろう。』でも,皆さんこそが自由であることを伝えたいと思います。それはルールに縛られているのではなく,そのルールが守ってくれるからです。」


どっちが得をしているでしょう?


「アメリカのefyで,ある少年がわたしにこう言いました。『ぼくはモルモンじゃなきゃよかった。1日だけモルモンじゃない生活がしたい。1日だけ自由になれればいい。』『そうしたらどうするの?』『タバコを吸う,お酒を飲む,そしてセックスをする。』『ああ,そういうやりたいことができないように教会がしているわけだね?』─そう思う人はたくさんいるでしょうけれど,皆さんには違った考え方を持ってほしいのです。」


かつてウィルコックス兄弟がチリ・サンティアゴ東伝道部会長を務めていたとき,ともに働いた夫婦宣教師の長老は,人生の後半に改宗した人で,以前に喫煙や飲酒の経験があった。彼によると,喫煙とは普通より気分を良くするためにするのではなく,常に落ち込んでいる喫煙者の気分を和らげ,少しだけ普通のレベルに近づけるためにするのだという。「皆さんの方がはるかに得をしていることに気づいてほしいんです。高価なタバコを吸う人はあなたの気分のレベルまで頑張って登ろうとしているだけです。」


また長老は飲酒についても言う。確かに気持ちが良くなるが,その気持ちは酔いが醒さめると忘れてしまう,それでまた飲む,また忘れる,その繰り返しだ,と。


あるときウィルコックス夫妻は教会の友人たちとレストランでにぎやかな楽しい時間を過ごしていた。すると隣のテーブルの人がウェイターを呼んで言う。「隣の人が飲んでいる酒を下さい。」ウェイターは答える。「彼らが飲んでいるのは水だけです。」


「皆さんは,酒飲みと同じだけの楽しみを水だけでできるんですよ。味わったいい経験,いい気持ちをちゃんと覚えている人と,せっかく楽しかったそのときを忘れてしまっている人,どっちが得しているでしょう。教会は皆さんを楽しい経験から遠ざけているのではなく,ほかの人が一生懸命探し求める良いものをくれているんです。皆さんはすでに持っているんです。」


さらにウィルコックス兄弟は,水が半分ほど入っている2本のペットボトルを見せ,純潔について語る。友達は,ポルノグラフィーを見ることは美術鑑賞と同じだと言うかもしれない。自慰行為は問題ないと教科書に載っている,と言うかもしれない。あるいは性行為のできる女の子を紹介するかもしれない。「モルモンはルールが多すぎて何も楽しめない。一見そのように見えるかもしれません。でもちょっと早送りして,結婚したときにどうなっているか見てみましょう。」ウィルコックス兄弟は片方のペットボトルの水を飲み干し,2本のボトルを示す。空っぽのボトルが友達,水のある方が教会員を表す。「見た目は同じです。でも(純潔を守らなかった)友達の中には人に与えるものが何もなくなってしまっているんです。なぜなら脳が,性的な刺激を繰り返していると自己中心的な作りになってしまうんですね。人から取るだけ,もらうだけです。結婚の中では,一人がずっと上げるだけ,一人がずっと受けるだけではだめです。」互いに与えて受ける,その信頼と決意のうえに,霊的にも物質的にも性的にも,永続するすばらしい結婚生活が成り立つ,とウィルコックス兄弟は説く。


主の助けは今,ここにある


「中には,ぼくのボトルの中身はもう空っぽだと心配している人,安全装置を外したバンジージャンプをしてもう落ちてしまったと思っている人がいるかもしれません。わたしはそういう皆さんに伝えたいことがあります。それは,イエス・キリストはただの絵画や彫刻ではなく,ほんとうに存在するということです。イエス・キリストの贖いはただの伝説ではなく,現実のものです。またイエス・キリストの恵みと,自分の力ではできなかったことができるようになる,人に能力を授ける力,これは後でもらえるのではなく,今,手にできるものです。


多くの若い人は,わたしはふさわしくないと言うんです。自分は祈るのに,教会に行って聖餐を取るのに,伝道に出るのに,神殿に入るのにふさわしくないと思う人がたくさんいます。でも,ふさわしいから祈るわけではないんです。助けが必要だから祈るんです。完璧な人だから聖餐を取るわけではなく,良くなりたい,完全になりたいから聖餐を取るんです。完全になったから伝道に出たり神殿に入ったりするわけじゃないんです。わたしたちに良くなってほしいと神様が望んでおられるので伝道に出るんです。また神殿に入るんです。


大変であることは分かります。悪いことをしたとき,もう二度としないと言うかもしれません。でも時々繰り返してしまいます。また二度としないと決心するんです。でもまたするんです!『自分はなんてばかなんだ!』もう二度としないって決心します。─またやってしまうんです。自分はもうだめだ,モルモンとしての生活はできない。そう思うとやめたくなる,あきらめたくなってしまうんです。でもイエス・キリストは,あなたが完璧になってから助けるのではなく,今,ここにあって,あなたがもっといい人になれるように助けたいと望んでおられるのです。」


アロン神権の祭司は,聖餐の祝福の言葉を言い間違えたとき,正しく言えるまで何度でもやり直す。「自分が間違えたり,嫌なことをしてしまったり,また悪い習慣に陥ったりするとき,へこんだり言い訳を探したりしないで,上を向いてください。神様の方,イエス・キリストの方を向いてください。そしてその恵みを感じてください。自分はもう主から恵みをもらえないところに落ちてしまったと思うときでも,実際,恵みに支えられているんです。その恵みが自分を,これからも頑張れるようにしてくれるんです。


わたしは最後に証をしたいと思います。天国というのは最終的に完璧な人がもらえるものではないのです。天国はキリストによって完全になろうとする人の最終的な目的地です。……あきらめないでください。やめないでください。ずっと頑張ってください。安全な命綱がないままでバンジージャンプをしないでください。でも,もしも落ちてしまったときは,これで終わりじゃないということを覚えていてください。」◆

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いつも 笑顔で 謙虚な 男で ありたい

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